「旅の記録」掲示板

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いろいろ - ナンバリング白紙見直しの会

2018/12/12 (Wed) 12:07:08

>天王山の地質が脆く新線を3車線で造れなかった

以前にも取り上げましたが、
天王山・梶原TN区間の上り線左ルートは、
3車線の断面で且つ、拡幅終盤には、
一時的に3車線運用されていただけに、
造れなかったわけではないと思われます。
やはり頻発していた渋滞を勘案すると、
上下線ともに2×2車線にしておくほうが得策、
との判断に至ったからではないでしょうか。

折角、上り線左ルートを3車線断面で造ったなら、
新名神のボトルネックとなる懸念がある今こそ、
3車線開放すればいいのにと感じます。

また新名神では、梶原TNをクロスするように
新たなTNが掘られることになっていますが、
4車線(暫定)になってしまったとのことで、
正直それで大丈夫かいな、と感じますね。
通行量を考えたら、少なくとも、
大津JCT - 神戸JCTは6車線必要な気がします。

>東北中央道も改番
>個人的には福島JCT始まりの方が美しい

南陽高畠IC - 山形上山ICは、
標識類の設置も進んでいることなどから、
最近では非常に珍しく、予定通り、
平成30年度内の開通が見込めそうであります。

このあたりは、個人的には意外と馴染みがあり、
当該区間の開通には非常に期待していますが、
以前にも述べた通り、何で福島なのか、
どうせなら会津若松に繋げて欲しかった、
というのが本音です。

なお個人的には、東根ICが「17」になるのは、
夏の時点で把握していました。
出口標識のマスキングが透けていましたからね。
そしてその時点で、山形JCTが2系統の番号に
なるのだろうなということも推定出来ました。

そういうわけで私も、東北中央道に関しては、
福島JCT起点のほうが、いろいろな点で、
分かりやすかったのではと思います。
どう見ても相馬 - 福島北は、東北中央道といえど
その実態は東北横断道ですからね。
この区間は「福島道」などの名称にしたほうが
良かったのでは、と思います。
そうならなかったのは、結局これだって、
東北中央道を「E13」としたいがための、
ことなんじゃないでしょうかね。
すべては悪魔のナンバリングに、
振り回されているということなのです。

Re: いろいろ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/12/12 (Wed) 22:05:16

ナンバリング白紙見直しの会さん、コメントありがとうございます。

>天王山・梶原TN区間

『高速道路と自動車』1982年4月号の橋本弘之著「東名・名神高速道路の現況と改築計画」に「現トンネルの北側の地山が軟弱であれば、3車線の大断面トンネルの施工は現在の技術をもってしても不可能視されており、2車線トンネルを2本設けることも考えられる」という記載があり、地質の問題で2本新設になったのだと思っていました。
なお上り線左ルートは完全な3車線断面ではなく、3車線運用時は路肩や車線幅を狭めて運用していました。

>東北中央道
道路の性質が福島を境に異なるうえ、東北道との重複区間を抱えてしまうことを考えると分けてほしかったなと思っています。当初の付番は福島起点の想定だったのでしょうが……

Re: いろいろ - ナンバリング白紙見直しの会

2018/12/13 (Thu) 18:27:22

天王山に関しては、
仰る通りの地質問題があります。
あのあたりは、古から有名な竹林でして、
トンネルを掘るには難しい地盤とされます。

以前に書いたかもしれませんが、
それなのにトンネルになったのは、
サントリーがウイスキーをつくるのに、
蒸留所の目の前を名神が通れば、水質が悪化する
と、強烈に異議を唱えたからと言われています。
(鉄道は通っているのですけれどね。)

道理で天王山は、
草創期にして難工事になったのですが、
このあたりのことはNHKの「プロジェクトX」
でも取り上げられたほどです。

Re: いろいろ - ナンバリング白紙見直しの会

2018/12/16 (Sun) 16:47:57

>道の駅かわうその里すさき 0.3km
>須崎西ICで本線にもどれます

御存知の通り、ここは中土佐方面延伸まで
仮出入口が存在していました。
なお、このランプは仮出入口当時とは、
付け替えられているのですよね・・・。
そして仮出入口があった場所は、
放置状態で草ぼうぼうとなっております。

今からでも仮出入口跡地を整備し直して、
このランプとともに
須崎西ICの高知方面ランプにすればいいのに、
と、現地の映像を見る度に感じてしまいます。

ようこそ北海道へ - ペンタロウX

2018/10/27 (Sat) 21:50:38

道央道と札樽道の掲載見させていただきました。

私も使っている路線が出てきて楽しく拝見させていただきました。
これからも閲覧させていただきますので、がんばってください。

Twitterフォローさせていただきました。

北海道の高速道路に異変? - ナンバリング白紙見直しの会

2018/10/28 (Sun) 01:37:42

>札樽道、小樽JCT開通前に公開
>朝里ICと小樽ICの番号が変わったのは予想外

こういう事例は今まで聞いたことがありません。
素直に小樽JCTを8-1にすればいいものを。

札樽道に附番されたのは、
札幌JCT - 札幌西ICが供用した平成4年のことで、
それまでは空欄でした。
この開通を機に、札樽道を後志道と改め、
同時に小樽JCT - 小樽ICを支線扱いとし、
朝里ICを9-1、小樽ICを9-2、
新設の小樽塩谷ICを10、余市ICを11とするなら、
まだ曲がりなりにも意図を理解出来そうですが、
別にそうなる訳でもないのですよね。

まあそれはそれで、
札樽道の歴史的意義を勘案すると大問題ですが。

これだけではありません。実は北海道では、
どうも今後、これ以上に唖然とするような
附番変更が進められるようなのです。
↓のプレスリリースを御覧下さい。
https://www.e-nexco.co.jp/pressroom/press_release/hokkaido/h30/1022/
これを見た瞬間、
私はその異変に思わず我が目を疑いました。
何で苫小牧東が22?
まさか函館起点に振り直す魂胆か?と。

そうした折、道央道の番号部分に
マスキングが出没中、という情報が入り、
いつのタイミングかは不明ですが、
どうもそうなるみたいです。

勿論、七飯藤城IC - 大沼公園ICが、
もう間もなく繋がるという理由ならば、
長年慣れてきたので、
別にそんなことをしなくてもと思いつつも、
まだ一定の理解は出来るかと思います。

しかし現段階で、七飯藤城IC - 七飯IC(仮)は、
事業化すらされていない段階ですし、
事業中の七飯IC(仮) - 大沼公園ICも、
難工事が予想される大沼トンネルが
いつ完成するかも予定が立たない段階です。

また北海道の場合、主要路線のKPに
N/S(道央道)、E(道東道)、W(札樽道)
と方角が記されているのも大きな特徴で、
しかも道南方面のS入りのKPは、更新を機に、
比較的最近、登場したばかりなのに、
何でこんな急に心変わりしたかのような、
附番変更を行うのか、全く理解に苦しみます。
附番変更をするということは、ほぼ確実に
KPも函館起点の通しにするのでしょうから。

実は北海道の場合は、札幌起点の従来のほうが、
何かと分かり易いのです。
たとえば函館方面から新千歳空港に向かう際、
その凡その距離を測るとなると、
KPの数字から、だいたい40を引けばいい、
といった具合にですね。逆に旭川・小樽方面から
ならば、40を足せばいいのですから。

はっきりいいまして、全てを
ごり押し愚劣ナンバリングにを合わせようと、
国交省やNEXCOが血迷っているから、
こういうことになるのでしょう。
まるで、”そこのけそこのけナンバリングが通る”
といった有様です。ナンバリングのためなら、
道路公団から連なる先人たちが積み上げてきた
高速道路の歴史すら踏みにじって構わない、
とでも言いたいのでしょうか。

たとえば北海道では、ナンバリング導入を機に、
草創期の人々が悩みぬいた末に編み出した
「HOKKAIDO EXPWY」の英語表記を
何の躊躇もなく改めるのも、その象徴事例です。

もっと言えば附番に関して、北海道では、
道路公団時代、”JCTは附番なし、または枝番”
という独自ルールがありました。

現状、札幌JCTには番号はついていませんし、
千歳恵庭JCTは一応、4-1ですけれど、それは、
追分町IC付近の方面及び距離標識の1か所に
見られるだけで、ほかは番号なしの表記です。
※現状は更新されて、
変わっている可能性もあります。

また北海道開発局管理路線と繋がる
比布JCTや黒松内JCTは、
本線建設段階で設置が決まっていたものの、
本線部供用・JCT未開通の時点で欠番にはせず、
改めてJCTを枝番で供用した訳です。

実は個人的に、この方法はとても分かり易いと、
大いに評価していたものです。

中央道の場合は平然と、並行国道に合わせて、
途中で別のナンバリングにするというのに、
どう見ても札幌を境に別路線の道央道には
そのルールを適用しない、
完全に高速道路の世界を愚弄しているだけです。

私はナンバリングの意義を完全否定はしません。
ただこのごり押し愚劣ナンバリングに関しては、
どう考えても到底、
受け入れられるものではありませんね。
やはり一旦立ち止まり、高速道路の視点に立った
ゼロベースでの見直しが急務です。

Re: ようこそ北海道へ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/10/29 (Mon) 22:49:52

ペンタロウXさん、コメントありがとうございます。

走行記をご覧になっていただきありがとうございます。
次に白鳥新道を公開すると北海道は一区切りとなりますが、今後もご覧になっていただけるとうれしく思います。

Re: ようこそ北海道へ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/10/29 (Mon) 23:12:38

ナンバリング白紙見直しの会さん、コメントありがとうございます。

>後志道
小樽JCTが「8-1」、小樽塩谷が「1」、余市が「2」になるかなと思っていましたがまさかでしたね。
後ろに朝里と小樽しかないために振り直しとなったのでしょうが、確かにこのような例は私も知りません。

>苫小牧東が22
最近twitterで道央道のIC番号が話題になっていたようなのはなんとなく知っておりましたが、忙しくてちゃんと確認していませんでした(汗)
これが元の情報なのですね。確かに、七飯藤城が現行の「4」、七飯が「5」、大沼公園が「6」……苫小牧中央が「21」で数字は合うようです。この通り変更されれば、北陸道以来の大規模な付番変更になりますね。
札幌→函館の付番の方が流動には合っているのでわざわざ変更する必要はないと思いますが、そこを変えるということは、ひょっとして札幌以北も通しになるのでしょうか。

>JCTは附番なし、または枝番
札幌JCTは標識にないどころかHighway Walkerの地図にも記載がない(北海道版にはIC番号の記載がある)ため、本当に無いのでしょうね。Wikipediaでは「1-1」になってますが。

個人的にはJCTの番号は無しでもいいかもしれないと思っています。
郡山や高槻のような4枝接続(予定)のJCTで一方の路線の系列を他方の路線に押し付けているのはどうも美しくないと感じており、それよりはいっそ無しの方が良いと考えています。

Re: 北海道の高速道路に異変? - ナンバリング白紙見直しの会

2018/10/30 (Tue) 18:20:54

>小樽JCTが「8-1」、
>小樽塩谷が「1」、余市が「2」になるかな

書き忘れましたが、実は、
昨年の入札公告の時点ではそうなっていました。
その入札公告には、
具体的に標識の配置図が記されていて、
(今は削除されていて閲覧不可能)その時点で、
当該路線が後志道になることも、
仮称・小樽西ICが小樽塩谷ICになることも、
一応その時点で判明してはいたのです。

ところがその入札は不成立に終わったそうです。
その後、どうやって契約が成立したのか、
ネットからは何も伺うことは出来ません。

当然、発注内容に番号の書き換えを追加すれば、
その分、費用は跳ね上がるわけでして・・・。
不成立後の経緯が極めて不透明なだけに、
何かいろいろと勘ぐってもしまいます。

>個人的にはJCTの番号は無しでもいいかも

ICとJCTは基本、性質が異なるものですので、
私もそのほうが分かりやすいと思いますが、
今更それをするとなると、
近隣に枝番のICが存在する場合はいいものの、
そうでないようなところは、
大幅に書き換えなくてはならなくなり、
実際には難しいでしょうね。
東名や名神、中央道といった草創期の時点で、
そういう取り決めにしてしまったことが、
後々ことをややこしくしてしまった気がします。

Re: ようこそ北海道へ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/10/31 (Wed) 20:16:29

ナンバリング白紙見直しの会さん、コメントありがとうございます。

>昨年の入札公告
そうだったのですね。入札公告に関しては知りませんでした。
twitterの画像を見る限り修正痕は無いようだったので、費用が跳ね上がるとまではいかなかったのではないかなと思います。

>大幅に書き換え
仰る通り、現実的には極めて困難ですね。
草創期のうちに熟考しておけばもっと分かりやすい付番になっていたのかもしれません。

どうもNEXCOは、ナンバリングに血迷っているらしい。 - ナンバリング白紙見直しの会

2018/12/06 (Thu) 13:18:04

>東海北陸道も上信越道も
>もうすぐ4車線化完成しそう

確かにかなりの区間では4車線化になりますが、
少なからず対面通行区間が残るのも現実です。

東海北陸道の場合は、原因は災害ですが、
上信越道の場合は、完全な工事の遅れです。
ここ数年、高速道路の開通が
予定通りになる事例は極めて少なく、
平然と開通延期が横行している有様ですが、
一度施工経験があるはずの4車線化すら、
こんな有様になるのでは、
やはり資金不足・劣悪な労働環境など、
道路行政の在り方自体に、
重大な問題が生じているのでは、
と勘繰らざるを得ません。

その一方で、最近、久々に
近畿方面の高速道路に行ってきましたが、
愚劣ごり押しナンバリングが、
元々の標識に当て板や新設の六角形標識などで、
唖然・呆然とする位に幅を利かせていました。
こんな調子では、そう遠くない将来に、
「〇〇道」という名称すら、
消えるんじゃないでしょうかね・・・。
それどころか、このまま外国人が増え続ければ、
右側通行変更となる危険性すら否定出来ません。

※最近の統計でレンタカーでの外国人事故率は、
日本人の4倍以上とされる。

道央道の附番変更は、改めて考えても
全く理解し難い話です。
youtubeで見ましたが、苫小牧東にはもう既に、
「22」と記した標識が出没しているそうです。
七飯藤城IC - 大沼公園ICが、
もう間もなく開通するタイミングなら兎も角、
全くそうではないのですから、これはやはり、
道央道全体を「E5」と認識して貰うためだけの、
ナンバリングの、ナンバリングによる、
ナンバリングのための改番、
としか考えられませんね。

加えて、SAPA直結型のSICも枝番ではなくなる、
というのも、それは全くもっておかしい訳です。

南砺や敦賀南がSICながらも枝番ではないのは、
末端でかつ本線直結型(通常の出口標識で案内)
という理由が成り立ちますが、
SAPA直結型の場合は、
利用時間制限も結構ありますからね。
利用時間制限も枝番だから許される訳で、
枝番でないのに、出入り不可能な時間帯がある、
というのは、そもそもが有り得ないことです。

>御堂筋完成五十周年
私自身その事実を比較的最近知ったのですが、
御堂筋というのは、この道沿いに、
西本願寺の津村別院(通称・北御堂)と
東本願寺の難波別院(通称・南御堂)が
あることに由来するとのことです。
あれだけ大きい通りなのに、一方通行で、
不便じゃないのかなと、個人的には感じますね。

>水走出入口の番号が「D07」
加えて言えば、これは都市高速における、
1987年ローマ字表記導入以前の、
入口予告案内の様式だったそうです。
「D07」もそうですが、
大阪市内という表記も歴史を感じさせますね。

そんな阪神高速ですが、11月に行われた
堺線・西大阪線リフレッシュ工事終了を機に、
ついに標識文字が他路線同様、
ヒラギノ、ビアログ、フルティガー
に変更となることが明らかとなりました。
しかも「HANSHIN EXP」の表記がついたとかで、
はいはいまたまた「EXP」なのか、
こんなところまでナンバリングの影響かと、
全く面白くありませんね。

あと随分前の話ですが、
番場PAに関して、何故当時のエリアガイドでは、
米原ICからJCTまでのルートが、
京都方面に寄るように斜めになっているのか、
非常に気になるところです。

実際はほぼ直線ですし、
米原JCTが当初、京都方面のみ接続のハーフJCT
計画だったとも聞いたことがないだけに、
(実際そんなことは流動からして有り得ない)
摩訶不思議な話です。

>休憩施設は・・・ETC2.0だけ救済
これも結構むかつく話ですね。
そういう標識は私も、
何か所か見たことがありますが、これは明らかに
ETC2.0を買わせようという魂胆です。
そしてこのETC2.0の普及を進めたい真の目的は、
利用者を”監視”することなのです。
つまり、従来のETC機器では出来にくい、
経路・速度など、運転の関係する個人情報が、
ETC2.0では筒抜けになる、ということなのです。

ETC2.0だけではありません。つい最近、
冬用タイヤ装着でもチェーン装着強制なんて、
喚き出す有様ですし、こんなことでは近い将来、
日本人が車で自由に外出することすら
躊躇せざるを得ない恐ろしい時代がやってくる、
そんな不安すら過ります。

Re: ようこそ北海道へ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/12/07 (Fri) 23:56:07

ナンバリング白紙見直しの会さん、コメントありがとうございます。

>道央道の附番変更
旭川鷹栖ICに「44」が現れたそうです。
スマートICが枝番にならないのは、かなり違和感がありますね。

>御堂筋
名の由来は知りませんでした。
御堂筋は南行一方通行ですが、北行一方通行の四つ橋筋や堺筋と補完しあっているのでしょう。

>「D07」
"D号線"の7番目の意だと思いますが、今は「13-08」ですね。どこで一つ増えたのでしょうか。
なお、水走出入口の開通が1987年3月4日、路線番号制採用が翌年の3月14日なので、この番号だったのは1年ほどの短期間だったようです。その後30年以上更新から逃れ続けてきたのは凄まじいと感じます。

>米原JCT
確かに地図上の線形は変ですね。ハーフJCTという話も聞いたことはありません。線形の正確性を重視していなかっただけということもありそうです。

>ETC2.0
買わせようという姿勢はあるでしょうね。そんなことよりも休憩施設を増やしてほしいところですが……
統計や研究の面ではデータが増えるのは喜ばしいことだとは思います。

「トンネル動画 資料館」フルカワトンネル - Re: Re: URLを変更しました

2018/12/04 (Tue) 14:01:50

こんにちは。フルカワトンネルです。
この度は、リンクJCT内の私のURLを変更して頂き、ありがとうございます!
先程、旅の記録様のリンクJCTを確認させて頂きました!

またこれからも、お願いします!

URLを変更しました 「トンネル動画 資料館」 フルカワトンネル URL

2018/12/02 (Sun) 12:57:16

こんにちは。「トンネル動画 資料館」管理人のフルカワトンネルです。お久しぶりです。
この度、Yahoo!ジオシティーズのサービス終了に伴いまして、私のHPのアドレスを変更しましたので、ご一報します。

旧URL:http://www.geocities.jp/furukawatunnel/
新URL:http://furukawatunnel.ninja-x.jp/

お手数ですが、リンクJCT内にある私のバナーのURLを変更していただけないでしょうか?
何卒、よろしくお願いします。

Re: URLを変更しました - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/12/03 (Mon) 21:47:39

フルカワトンネルさん、コメントありがとうございます。

アドレス変更の件、ただいま対応いたしました。ご確認ください。

リンクの申請と画像の利用について - 重松 健

2018/04/04 (Wed) 10:52:03

はじめまして、重松と申します。日本中、そして海外まで含めて様々な道路の写真を楽しく拝見させて頂きました。私は今アメリカに住んでいるのですが、ロードトリップはよくしますので、こういった形で思い出を残すのはいい手だなぁと参考になりました。
ところで、現在東京の都心環状線の将来像についてブログ等を書いているのですが、当サイトに掲載されている都心環状線の画像と、それを少し加工したものを使用させて頂けませんでしょうか?もちろん、出典元として当サイトの名前とリンクを貼らせて頂きます。
どうぞよろしくお願い致します。

Re: リンクの申請と画像の利用について - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/04/06 (Fri) 17:31:19

コメントありがとうございます。

画像の使用に関してですが、出典を明示してくださるのであれば構いません。
よろしければ、そちらのブログ等のURLも教えていただけますと幸いです。

Re: リンクの申請と画像の利用について - 重松 健

2018/04/11 (Wed) 08:19:45

ありがとうございます。ブログ等が完成し次第リンクをお送りさせて戴きます。どうぞよろしくお願い致します。

Re: リンクの申請と画像の利用について - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/04/12 (Thu) 21:42:17

ありがとうございます。楽しみにしております。
こちらこそよろしくお願いします。

Re: リンクの申請と画像の利用について - 重松 健

2018/10/09 (Tue) 03:01:34

いつもお世話になっております。

T.T.さんのブログはこまめに更新されており、素晴らしいですね。
お恥ずかしいお話、北海道はまだ行ったことがないので、是非今度この大自然の中を走ってみたいと思いました。

以前都心環状線の写真を私のブログで使用させて頂き、誠にありがとうございました。だいぶ時間が掛かってしまいましたが、ブログをやっとアップすることができましたので、リンクをお送りさせて頂きます。
全国の高速道路網の中で、例えば東京都心では、人が歩ける高速道路があってもいいのではないか、という一つの提案です。

https://inspiring-dots.hatenablog.com/entry/2018/08/05/065530
https://inspiring-dots.hatenablog.com/entry/2018/08/14/123452

この度、Mezzanineという雑誌に少し掲載させて頂けることになりまして、T.T.さんのお写真を元に加工したイメージ図が掲載されることになりそうです。もしよろしかったら、T.T.さんのサイト名とブログのリンクを掲載させて頂きたく思います。如何でしょうか?
どうぞよろしくお願い致します。

Re: リンクの申請と画像の利用について - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/10/10 (Wed) 19:59:16

コメントありがとうございます。

こちらもブログ読ませていただきました。なかなか斬新な考え方ですね。
雑誌掲載について、サイト名とリンクの掲載は構いません。
よろしくお願いします。

Re: リンクの申請と画像の利用について - 重松 健

2018/10/11 (Thu) 08:06:29

ありがとうございます!今後ともどうぞよろしくお願い致します。

いろいろ -  ナンバリング白紙見直しの会

2018/08/01 (Wed) 21:53:11

長くなってきたので新しいスレッドにします。

まずはじめに、このたびの豪雨災害に対し、
甚大な被害となってしまったことは、
本当に心の痛む思いです。

高速道路においても、
高知道、しかも後で完成したはずの2期線で、
橋脚ごと流されたり、
広島呉道路では盛り土部分ごと流されたり、
各地で土砂崩れが多数起きたりと、
考えられないような被害が多数起きています。
そして、その殆どが平成に開通した区間です。

そう考えますと、
それだけ地形の複雑なところが増えているのか、
またコスト削減が強く要求される中で、
造り自体がいい加減になってきているのか、
真相はよくわかりませんが、
何か明確な理由がある気がしてなりません。

>釈迦内PA

ご存知のこととは思いますが、元の計画では
今の大舘北ICのある場所を閉鎖した上で、
この場所に大舘北ICができる予定でした。
しかし、どう考えても現在の場所のほうが
7号線に直接接続し、利便性が高いですので、
計画が変更された経緯を持ちます。
仮出入口の予定が、そのまま正式なICとなった、
割とよくある事例ですね。

>階段国道

ここは20年以上前に行ったことがあります。
当時から、階段で行き来しなくても
行き来可能な県道がありますが、
このほうが観光資源になるということで、
そのまま国道指定にしてあるそうです。

>東北自動車道青森線完成記念碑

「青森線」というのが時代を感じさせますね。
外環道区間を除く東北道という名の高速道路が
名実ともに全通したのは翌年ですが、
この時は四全総制定後ですので、
「弘前線」になっているのですよね。
なお、全通前は、道路施設協会の地図に
「1・川口IC」と破線で記載されていました。
現実にはICではなくて、JCTとなっていますが。

>IC名じゃなくて"入口"と書いてある

これは明らかに当て板で修正してありますね。
元々は「仙台空港」表記だったと思われます。
仙台空港自体と混同されたからでしょうか。
同様の表示は新潟空港ICの県道16号側にも
あったような気がします。
(ストリートビューで確認、現存するかは不明)

「〇〇空港IC」は、
北海道・東北・九州に多いですが、
九州の場合は、IC名が「地名+〇〇空港」で、
そういう混乱を避けているのかもしれません。

>大分道の速見IC~大分米良IC間、
>「東九州道」に変更

何で今更変えるのでしょうね。
変えるならどう考えても、せめて大分~宮崎が
直結するタイミングだった気がします。
そうすればこんなIC番号の混乱も
起こらなかった気がします。

東九州道の大分米良IC以南は、
一見、大分道の番号の続きと思われがちですが、
東九州道のIC番号は、苅田北九州空港が「1」で、
以下速見の「13」まで続き、
大分道を挟む形で、大分米良を「14」として、
再び東九州道の番号が刻まれていると見るのか、
ああなるほどねと思ったのですがね。

このような事例は、少し事情は異なるものの、
北関東道でも見られることですし、
態々今までタブー視?されていた
「-4」の枝番を使ってまで、
今更変えることにはやはり違和感を覚えます。

Re: いろいろ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/08/01 (Wed) 23:28:51

コメントありがとうございます。
豪雨災害に関しては広い範囲で大きな被害が出ており、大変痛ましく感じております。

>何か明確な理由がある気がしてなりません
豪雨自体の規模も大きなものであったとは思いますが、近年ではかなり大きな被害が出てしまいましたね……
何はともあれ原因の究明、対策はしっかりとやってほしいと感じます。

>釈迦内PA
そのようですね。計画の名残が道路の境界に残っているのは趣味者として面白いと思います。

>東北道という名の高速道路が名実ともに全通したのは翌年
当時は浦和IC~青森IC間の開通をもって東北道全通としていたようですね。当時の雑誌等にもそのような記述があります。
東京近郊から青森市内まで繋がったことは大きな出来事であったと想像されますが、「東北自動車道青森線」(修正)として考えると明らかに全通ではないですね。

>元々は「仙台空港」表記だったと思われ
修正痕の大きさからみても「仙台空港」が入ってそうな感じですね。

>「地名+〇〇空港」
混乱を避けるのには良いと思います。
ただ名前が長くなるのが難点でしょうか。溝辺鹿児島空港ICは分岐部の案内標識が2段になっていますね。

>東九州道
変更時期が中途半端だとは感じます。宇佐別府道路を今の番号に振り直した時に全部振り直せば良かったのにと思います。
東九州道が小倉から宮崎まで繋がり日出~大分米良を跨ぐ利用が増えた結果、苦情が増えたりしたんでしょうか。

速見が「13」で大分米良が「14」なのは偶然の一致かと思います。東九州道大分米良IC以南のIC番号は大分道からの連続であり、それだけのためにインターチェンジの数を調整するのは考えにくいので。

追加インター、スマートインターでもないのに枝番が付くのは美しくないですね。理想を言えば日出JCTを「14」として日出以南を振り直してほしいのですが、日出以南を振り直すより費用が安いためにそのようになったのかもしれません。
本来だったらおかしな付番なのですが、広島岩国道路の先例もあるため受け入れられたのかもしれません。宇佐が「9」で日出が「10」なのもやはり偶然だと思いますが、そこに目をつけられたのでしょう。

Re: いろいろ - ナンバリング白紙見直しの会

2018/08/20 (Mon) 17:09:41

>ここの標識変わりましたね
>中国道にもこれが進出していた
>ナンバリング対応している

ただただ目障りなだけです。
あんなごり押しの愚劣ナンバリングなど、
今後とも認める気にはサラサラなれませんね。
道理で私は、これのせいで、
「全国版高速道路地図」の購入意欲が
完全に失せてしまいました。
本年度のもので、ナンバリング表記がないのは、
もはや「道の駅旅案内全国地図」だけ・・・
という悲しい有様です。

尚「高速道路ガイドマップ」は、西管轄内なら、
インフォメーションでその旨を告げれば、
置かれていない地域のものも貰える筈です。
あとサイトでも最新版が見られます。
ただ個人的には、ナンバリング掲載がはじまって
白けてしまったため、ここ最近貰っていません。

>ここの標識も複雑

よく見ると、名二環の未開通区間が
当て板のようなもので隠されていますね。
当該区間は、今年度開通予定だった筈ですが、
こそっと2020年度に後ろ倒しされております。

>建設中の新名神。けっこう迫力があった。

あくまでも私の勝手な予想ですが、
都市間高速道路の”平成最後の開通区間”は、
ここになりそうな気がします。
参考までに”昭和最後の開通区間”は、
山陽道の広島IC - 広島JCTだったそうです。

>古い入口標識。IC番号のところに修正痕

東名阪道(現・名二環区間を含む)・伊勢道に
附番されたのは、多分、久居IC - 勢和多気ICの
開通の折だった記憶があります。
それまでは空欄でした。

>勝央SA
>売店等と離れたところに休憩所

以前話題となった北熊本SA同様、
草創期の特徴が残っている例ですね。
中国道のSAPAは、
公団時代から廃れている傾向はありましたが、
民営化で一層の拍車がかかりましたね。
こんな状況では、コンビニ化も難しそうで、
それこそ近い将来、道東道状態に陥ることも、
十二分に有り得る気がします。

あとスタンプに関して、昭和の頃は、
インフォメーションの備品でして、押印も
その営業時間内に限られていました。
また特殊な事情もないのに、
複数柄があるような場所もあり、
ある意味ではとてもいい加減なものでしたね。
上下線の区別すらあったでしょうか・・・。

平成になってアレが始まった頃に、
大規模な整理が行われて、
また営業時間外でも押印可能になりましたかね。
実は私、何を隠そう、そのアレを
全●制●させて貰った経験がありましてね、
それでこの時代の高速道路・スタンプ事情には、
特に詳しいのです。

あと加えて言えば、中管轄のSAPAで、
道路施設協会時代から設置されている箇所では、
その殆どで、絵柄自体は変わっていません。

>中国道の激ヤバ区間
>高速道路なのに設計速度60km/h

これでも改良などで、
制限区間自体は少し短くなっています。
しかし今や対面通行区間でも、
基本70㎞/hだというのに、
どうして当該区間は60㎞/hのままでしょうか。
80㎞/hは線形的に無理でも、4車線なのですから、
せめて70㎞/hには緩和して構わない気がします。

そういえばこの区間は、
開通当初は、暫定2車線での供用だったらしく、
当時は、はみ出しによる衝突防止のため、
危なそうな箇所に暫定的な壁が設置されていた
そうで、そのような画像も見た記憶があります。

>播磨自動車道

幾ら山崎本線料金所跡の有効活用とはいえ、
鳥取道のアクセスを考えると、
何故、明らかな遠回りとなるような場所に
接続するのでしょうか、甚だ疑問です。

Re: いろいろ - 風の琴音

2018/08/21 (Tue) 16:53:58

道路施設協会→J-SaPa/ハロースクエア→民営化後で全部違うのは富士川SA下りくらいでしょうか?
手元にHELLO SQUARE時代の富士川SA下りのスタンプがあります。

2000年に上下分離してイラスト変更、民営化後の再設置でイラスト変更…

Re: いろいろ - ナンバリング白紙見直しの会

2018/08/22 (Wed) 02:21:22

そのツイッターを拝見させて戴きましたが、
その絵柄は、道路施設協会時代にありました。
富士川SAの場合は、
上下集約時代からスタンプ絵柄は2種類あり、
ひとつはご指摘の絵柄で、
もうひとつは今は無き旧富士川SAの
ヨット型の建物が描かれたものでした。

そして前者が、当時上り線側にあった
別棟のインフォメーション・休憩所内に、
後者が、その建物内に置いてありました。
ただその別棟は、かなり離れた場所でしたので、
そこにあること自体、なかなか気づきにくい、
という現実はありました。

上下線分離の際に
上下線ともに建物自体が変わり、
旧富士川SAの絵柄ではまずいということで、
新しい絵柄に取り換えられたものと思われます。
その絵柄は、今もNEXCOで使われています。

つまり富士川SAの場合は、
”旧富士川SA”の絵柄が、
道路施設協会時代から上下線分離の頃まで、
”富士川と富士山”の絵柄が、
道路施設協会時代と2財団法人時代、
”富士山と東名高速”の絵柄が、
上下線分離から現在のNEXCO時代に至る、
”富士山の眺め”の絵柄が、
NEXCO時代オリジナル、といった感じですかね。

浜名湖も嘗て同様の形態で、
別棟のインフォメーション・休憩所が
下り線側に存在し、そこに2種類のスタンプの
見本が張られていたのですが、
私が収集した当時は、そこにはなくて、
現在のレストラン棟に1種類のみの設置でした。
ただしその絵柄は、
今のNEXCOのものとは異なる絵柄です。
(舘山寺ロープウェイの絵柄)

ところが、その次に浜名湖SAに立ち寄った際、
念のためスタンプの絵柄を確認したら、
絵柄が変わっていたのです。
それは、はじめに掲示されていた
スタンプ見本のひとつで、且つ、
今もNEXCOで使われているヨットの絵柄です。

あと民営化前は一方のみの設置だった、
港北PAと石川PAは、NEXCOになってから、
全く絵柄が変わっていますね。
また梓川SAに関して、
当時は今の上り線の絵柄が下り線でしたね。
今の下り線の絵柄は、
少なくとも2財団法人以降と考えられます。

Re: いろいろ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/08/23 (Thu) 20:33:46

ナンバリング白紙見直しの会 さん、コメントありがとうございます。

>高速道路ガイドマップ
全種類並んでいるのは珍しいと思いましたが、頼めば貰えるのですね。あるなら表に置いてもいいのでは?と思ってしまいます。

>当て板のようなもので隠されています
気付きませんでした。確かに隠れてますね。開通予定区間を予め組み込んでおくのは合理的だと思います。
開通予定時期がどんどん遅くなるのはどうかと思いますね……最初から余裕をもって決めるわけにはいかないのでしょうか。

>東名阪道(現・名二環区間を含む)・伊勢道に附番
手元のエリアガイドでは、1989年4月版では番号なし、1990年3月版では番号ありでした。久居IC~勢和多気IC開通より前に付番されていた可能性もありますね。

>草創期の特徴が残っている
休憩施設のリニューアルが進んでいる今日にあっても、中国道は古いままのところが多いですね。重視されていないことの証左でしょうか……

>スタンプ
自分は民営化の頃から集めはじめたのでそれより前のことは詳しくないです。
中日本管内の図柄は古そうだと思っていましたが、やはり道路施設協会のを基本的に継承しているのですね。
図柄の変遷を追うのは沼が深そうです。

>制限区間
北房IC側では改良が行われて60km/h区間が少し縮まっていますね。対面通行区間ですら70km/h規制なのに、4車線の都市間高速道路で60km/h規制というのは違和感はあります。
開通当初、北房IC~庄原IC間には対面通行区間があり、全区間チャッターバー設置、更に線形が厳しい区間にはボックスビームが設置されたそうです。これは初めて対面通行区間での上下線分離が試みられた事例です。

>播磨自動車道
播磨新宮ICからそのまま佐用JCTに接続するのが最良の経路だと思います。政治路線という噂もありますね……

Re: いろいろ - ナンバリング白紙見直しの会

2018/08/24 (Fri) 02:54:52

浜名湖SAのスタンプについて追記ですが、
某ブログによりますと、2財団法人の時代に、
舘山寺ロープウェイの絵柄に戻されたり、
またウナギの絵柄のものになったり、
ということがあったようです。

実は私、民営化以前のスタンプの絵柄を、
設置されていた120エリア全て所持していますが、
それはあくまでもその時にあったスタンプで、
変遷と言われると、調べるのは極めて困難です。

>二宮PAの分岐部の標識は随分年季が入っていた

当該PAが開設されたのは1974年ですが、
この時点ではまだ英字は、
ヘルベチカではなかったのですね。
名神など草創期はヘルベチカではなかった、
というのは、各種資料から判明していましたが、
この時代までそうだったとは、少し意外でした。
高速道路標識の英字表記が本格的に進んだのは、
1987年からですが、
それまでも部分的には英字表記があった訳で、
一体いつからヘルベチカになったのか、
非常に気になるところです。

現在では、そのヘルベチカの使用も無くなり、
フルティガーが用いられていますが、
北海道開発局管理の高速道路では、
今なおヘルベチカが使われています。

「角ゴシック(ゴナDB)とヘルベチカ」
この組み合わせは、北海道開発局独自のもので、
個人的にはこの手の標識を見ると、
ある意味で北海道らしさを感じます。
また北海道開発局区間は、フォントだけでなく、
一本足で立っているのも特徴でしたが、
これに関しては、最近NEXCO区間(降雪地帯?)
でも度々見られるようになっています。

函館新道に関して、
函館IC - 七飯本町ICが4車線化されたのは、
まだ最近のことです。
一方で未だ、七飯藤城IC - 七飯IC(仮称)は、
事業化すらされていません。
折角難工事の大沼トンネルを掘っても、
ここが繋がらないのでは意味がないのですが、
一体どうするつもりなのでしょうかね。

>名古屋西IC分岐部には古い標識

この形状の出口標識は、
1982年度~1986年度の5年間だけですが、
案外多く設置されましたね。
勿論今や殆ど現存しませんが、
比較的取り換え時期は遅かったですね。

それよりも気になるのは、その隣の標識です。
名古屋高速に関して、現在の原則なら、
5号線のルートマーク、
また「都心環状」と表記するものですが、
どうして旧標識を踏襲してしまったのしょうか。
時々こういうことが起きるのは、
私にはかなり不思議なことなのです。

>新湘南バイパス

それは恐らく、今後、釜利谷JCT - 藤沢ICが
開通した折に、藤沢IC - 茅ヶ崎JCTを
圏央道と改称する動きの一環かと思います。

ところで茅ヶ崎海岸IC - 大磯ICは、
全く工事の動きがみられませんが、
本当に開通することはあるのでしょうかね。
一説には、茅ヶ崎海岸IC近くの、某ゴルフ場の
理解が得られないからとも聞きますが。

Re: いろいろ - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/09/04 (Tue) 16:55:13

ナンバリング白紙見直しの会 さん、コメントありがとうございます。返信が遅くなり申し訳ありません。

>北海道開発局管理の高速道路
先日北海道に渡り、開発局管理の路線も取材してきました。あの字体、一本足の標識を見ると北海道らしさを感じてしまいますね。
逆に、NEXCO区間で一本足になっているのはやや違和感を覚えてしまいます。

>函館新道
七飯藤城IC~七飯IC間についてもさすがにいずれは造るだろうと思っていますが、七飯IC~大沼公園IC間の開通に遅れてしまうのは確実であり、勿体ないと思っています。

>旧標識を踏襲
更新しても内容は変わらないというのは意外と多いですね。ひょっとしたら老朽化等に伴う標識自体の更新と内容の更新は別のものと考えられているのかもしれませんが、これも無駄を生じさせていると思います。

>藤沢IC - 茅ヶ崎JCTを圏央道と改称
IC番号を考えると改称はあり得そうですが、距離標が茅ヶ崎起点になっているのが気がかりですね。

>茅ヶ崎海岸IC - 大磯IC
国道134号がよく渋滞するので、早期整備してほしい区間です。計画自体は昔からありますが、まったく進んでいませんね。

投稿者削除 - (削除)

2018/08/18 (Sat) 16:29:52

(投稿者により削除されました)

Re: 高速道路 - ナンバリング白紙見直しの会

2018/08/20 (Mon) 16:19:53

見落としているかも知れませんが、
改めて確認しましたところ、
当該写真は見当たりませんので、
既に修正されているかと思います。

なお高速道路の映像は、
ストリートビューや動画などでも見られます。

投稿者削除 - (削除)

2018/08/15 (Wed) 13:41:14

(投稿者により削除されました)

Re: 高速道路 - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/08/16 (Thu) 10:04:58

コメントありがとうございます。
舞鶴若狭自動車道の写真に関しては差し替えさせていただいました。ご指摘ありがとうございます。

リクエストには申し訳ありませんがお応えできません。

外環東側区間開通に思う ほか - ナンバリング白紙見直しの会

2018/06/09 (Sat) 03:03:32

外環の新規開通区間について、
随分とお早い対応ですね・・・。
超重要区間だけあって、動画サイトのほうにも
随分と沢山の現地画像があがっていますが、
その割には、意外に全国放送では、
そんなに騒がれていなかったような気もします。

新規開通区間の大半は、半地下構造だけあって、
名二環の南東部と似ているなといった印象です。
また三郷南~松戸間は、
埼玉・千葉県境を直接またぐのではなく、
間に東京都を挟んでいるにも関わらず、
そこにはICやPAなど何も設置されず通過だけ、
というのも大変珍しいですね。

まあ東京都自体は、西側区間で、
事業中区間を含め、ICやJCTが設けられている、
またその予定にはなっていますが。

やはり外環は、東名・中央道と結ばれて、
はじめて本来の機能を発揮するものです。
東京五輪開催によって、
2020年までの当該区間開通が担保出来る、
私はそれを信じて疑わなかったのですが、
現実は到底無理で、2023年ぐらいに出来れば
まあ御の字かといった感じですね。
場合によっては、もっと遅れるかもしれません。

というより、はじめから、
東京五輪に間に合わそうなんて、
そんな気はサラサラなかったのでしょう。
五輪開会式までを勘案して逆算すれば、
急ピッチで進めていかなければならないのに、
何をダラダラやってんのだか!
と相当にイライラが募っていますからね。
外環のみならず、高速道路に関しては、
東京五輪特需はゼロどころか、
寧ろマイナスであるともいえ、
まんまと騙されたことが、無性に腹立ちます。

それどころか、追い打ちをかけるかのように、
あの侮辱的な愚劣ごり押しナンバリングが
五輪を口実にどんどん幅を利かせてくる有様で、
正直やってられないですね・・・。
日本の高速道路計画の原点ともいえる中央道を
途中で分断するナンバリングとか、
はっきりいって高速道路の歴史を舐めきり、
冒涜しまくっている証左です。

私は生まれてこの方40年近く、
こうやって高速道路趣味をやっていますけれど、
こうも嫌がらせばかりでは、
正直いって、高速道路に対する感情も
急速に萎えてきていますし、
東京五輪に対しても「まったく話が違う!」と、
相当な怒りを感じずにはおれません。
外環の東名~関越間が完成しない状況で
東京五輪なんぞ、何の魅力もないクソ×∞で、
いっそのこと大失敗して、世界の大ヒンシュクを
かえばいいとすら思っています。

随分と愚痴が長くなりましたが、
今回の開通で、めでたく埼玉県が、全国8番目の
高規格幹線道路網全区間完成と相なりました。
埼玉県の高速道路史は1971年12月20日の、
関越道(当時は東京川越道路)練馬~川越開通
にはじまります。それから約47年半ですか。

果たして全国9番目に輝くのはどこでしょうか。
現時点では、福島県が有力のようです。
福島県は原発事故の直接の犠牲ですから、
これぐらいの恩恵は当然受けるべきでしょうね。

>首都高地下化、
>少なくとも税金を投入してすべき事業ではない

まったくもってその通りです。
だったらはじめからそんなルートは避けろよ、
と言いたいところですが、
1964東京五輪開催が押し迫っていた状況では、
事業を円滑に進めるべく、
用地交渉をする必要がない川の真上を
ルートに選んだ発想は、凄く機転の利く
やり方だったのではないかなぁと思います。

個人的には現状も、
旧来の街道の起点である日本橋と、
現代の首都高が見事にマッチングして、
あれはあれで面白いなぁと思うのですがね。

>森小路線の分岐には名前付けないのに
>池田出入口の分岐には名前付ける

森小路線は実質、
森小路出入口のロングランプですからね。
現地でも森小路出入口として案内されています。
淀川左岸線の延伸事業は、
この森小路出入口から花博通を経由して
門真につなげるものと思っていましたし、
そうすることが色々な面で最も効率的なのに、
どうしてそうしなかったのか、と思いますね。
そりゃあ12号守口線の混雑を勘案すれば、
現行ルートのほうがいいのでしょうけれど。

>そういえば"上野"の由来もよく分からない

「上野こうげ」という
菜の花を栽培している場所があって、
それに由来しているそうです。
毎年秋に「樫邑うえの祭り」という、
イベントが行われているそうですが、
何で態々そんなマニアチックな名称を、
PA名称に選んだのかはよくわかりません。

>スタンプの一時使用休止

道路施設協会やその後継の2財団法人のころは、
ハイウェイスタンプ設置は、
殆どのSAとごく一部の大規模なPAのみで、
民営直前時点で凡そ全国120箇所のSAPAに設置
(但し、上下線は1としてカウント)だったのが、
民営化以降は、SAはもちろん、
売店のあるPAだと設置されているみたいですね。
道理でこういう事態が、
頻繁に起こりえるのでしょうか。
また閉店になると、スタンプ自体が撤去される
というリスクも伴います。

個人的には、民営化以降のスタンプには、
まったく興味がありませんが、
民営化される前、
とりわけ道路施設協会時代の末期は、
密接に収集に関わっていましたものでしてね。
当時はそんな地獄絵図の設置状況でなくて、
本当に助かったものです。

その頃は、もちろん供用区間は現状よりも
はるかにはるかに少なかったのですし、
SAPAの品ぞろえもアレなところがありましたが、
高速道路文化を楽しむという点では、
一番の絶頂期だったのかもしれません。

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/06/13 (Wed) 01:21:01

>外環の新規開通区間

超重要区間なので公開を急ぎました(笑)
東名~関越間、あと2年で開通は無理だと思いますね……NEXCOのホームページでも開通予定年度未定の扱いとなってます。

>埼玉県が、全国8番目の高規格幹線道路網全区間完成
埼玉県は所縁の土地でもあるので喜ばしいです。圏央道4車線化も急いでもらいたいですね(笑)
福島県は相馬福島道路の未開通区間が2020年度までには全通するようですが、相馬福島道路が復興支援道路に指定されてなければもっと遅れていたでしょうね。数年前まで全然できあがってなかった東北地方太平洋側の高速道路網が急速にできあがっていくのを見ると、喜ばしいのと同時に複雑な思いも去来します。

>首都高地下化
実際には五輪開催が決まる前から河川を利用する案はあったようですね。
首都高地下化は狭い地域のわずかな便益のために多額の資金を投じてわざわざネットワークを傷つける「割に合わない事業」だと思っています。こんなものに税金を投じるなんてことはないと思いますが……さすがに別の政策に使うべきでしょう。

>森小路線
池田出入口よりは"一路線"の風格があると思っていたので(PAもありますし)、JCT名が付けられないのは意外でした。尤も、池田の方は出入口が本線で木部方面が分岐する構造なので、分岐に名前を付けて分かりやすくするのはありだと思います。

森小路線を淀川左岸線に転用するのは面白そうではありますが、守口線との重複が生じるのがやはり難点だと思います。

>上野こうげ
これは知りませんでした。ありがとうございます。
自治体名でもなく大字でもないのは珍しいですね。

>スタンプ
現在は原則すべての有人エリアに設置されている状況です。
ちなみに道央道八雲PAにもスタンプがあり、昨年立ち寄った際見つけて驚きました。将来的には無人エリアにも拡充されるなんてことがもしあったら、ますます収集が追い付かなくなりそうです。

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - ナンバリング白紙見直しの会

2018/06/20 (Wed) 03:48:35

>森小路線を淀川左岸線に転用するのは面白そう

一応、案の段階ではそういう考えもありました。
D案と言われていたそうです。
花博が開催された頃から、花博通中央部には、
当該道路用の敷地が確保されており、
しかも花博期間中はこの敷地を利用して、
門真仮入口が設置されていた訳です。

今や、その仮入口設置当時に作られ、
撤去後も長年残されていた構造物の一部は、
門真JCTの第二京阪→近畿道上りランプに
転用されていますが、
花博通中央部の敷地はいまだ放置状態です。

どうせなら、第二京阪を建設する際に、
門真JCTから更に、
花博記念公園西口交差点付近まで一括施工し、
同交差点付近にICを設置すればよかったのに、
と感じます。
そうすれば大阪市中心部に最も近い、
都市間高速道路のICとなり、
かなりの利便性があったように思います。

またここまで引っ張れば、必然的に
そのICから地下トンネルで
そのまま森小路に繋ぐ発想となったと思われ、
そうなると、もう既に開通していたなんてことも
十二分に考えられるわけです。

>上石津PAの廃止は2001年12月20日だと
>言われているけど、根拠が見つからない。

これは確か、廃止される前、現地に、
この日で廃止する旨の立て看板が設置されていた
それが根拠になっているものと思われます。
嘗て私は、その写真をネット上で見たことが
ありますが、残念ながら今は見当たりません。

加えて、道路公団時代のHPの魚拓も見ましたが、
そのことに関する記述は、
見つけることが出来ていません。
個人的には、当該PAがあった時代を
よく知っていますが、本当にトイレすらなく、
単なる駐車場といった感じでしたね。
草創期だからこそのPAといえます。

>スタンプ

八雲PAは、NEXCO管理のPA自体は
トイレのみとなっていますが、
併設するハイウェイオアシスは、
SA並みの立派な施設ですからね。
というより、ここは道東道の由仁PA同様、
当初計画ではSAになっていたはずで、
それがいつしか、PAに格下げになりました。

経験者だからあえて言いますが、
ハイウェイスタンプ収集は悪魔の誘いですよ。
新たなスタンプ設置のSAなどが開設されれば、
そこが新たな設置場所に加わるわけですから、
いつまでも終わりが見えないですからね。
とはいいつつ、実は2財団法人のころは、
予想より増加は鈍かったのですが・・・。

ですから道路公団民営化による管理組織交代は、
ある意味では、その悪循環を断ち切る
またとない絶好の機会だったのです。
会社ごとにスタンプのレイアウトが変えられた、
特に西日本は、従来と全く違うものになった、
私は、その時点で完全に終止符を打てました。

私が熱心に収集に奔走していた
道路施設協会時代末期の頃の話をしますと、
当時はシャチハタ製が結構あり、
インクが出過ぎてなかなかうまい具合につけず、
大変困ったものでした。
当時は日付入りだったため、特にその部分が
液漏れして不具合を起こしたものです。

それがあまりにも不評だったのか、徐々に
通常型のスタンプに回帰していったのですが、
それは単に元に戻ったのではなく、
スタンプの台木の部分がが厚手となり、
更に、絵柄の周りの英字部分の書体も、
独特のものから、現在もNEXCO東/中で
使われている書体に変わりました。

またスタンプの色ですが、
上り線は基本的に(現在と同じ)赤で、
下り線は緑や青が多い傾向があったものの、
例外は多数で、場所によっては、
黒・橙・紫などもありました。
設置場所も、インフォメーションが一方のみの
石川PA、羽生PA、酒々井PAは、
その方のみに2種類設置、というのも特徴でした。
(同じパターンの港北PAは1種類のみだった。)

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/06/21 (Thu) 23:52:51

>花博通中央部の敷地

花博記念公園西口交差点、森小路出入口から2kmもないのですね。これは意外でした。
近畿道を経由せずに第二京阪から都心へアプローチできる点でも良い経路だった感があります。

>廃止する旨の立て看板
なるほど、現地の情報でしたか。通りでなかなか出てこないわけです……
当方でも『高速道路五十年史』年表、『高速道路と自動車』、道路公団HP、等を確認したのですが記載を見つけることができませんでした。
また2001年4月のエリアガイドにおいて既に上石津PAが消されているらしく、12月20日という日付は疑わしいと感じています。

>八雲PA
元々SAであった施設がいつの間にかPAに降格されているという事例は、圏央道高滝湖PAもありますね。どこぞのようにSAのくせして無人エリアというよりはマシだと思いますが、そもそも赤字だからと施設を削っていくのもインフラとしてはどうかと思います。

>スタンプ
貴重な体験談ありがとうございます。インクが濃すぎたり薄すぎたりは今でもありますね(笑)

現在スタンプの色は上り赤、下り青、共用緑で固定されていますが、何色もあったというのは意外ですね。仰る通り昭和の頃のスタンプは色が統一されていなかったようですが、黒や橙は見たことないです。
(NEXCO以外も含めれば、首都高大黒PAが黒色でしたが)

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - 風の琴音

2018/06/23 (Sat) 19:29:03

T.T.さん、いつもTwitterでお世話になっております。

2001年1月発行版のエリアガイドではまだ上石津PAが残っておりました。(北陸道のエリアガイドで地図だけ見た)
2001年4月発行版のエリアガイドに関しては、情報提供いただいたツイートを私がRTしておきました。

>スタンプの色
2014年10月に押した東名美合PA上りのスタンプが黒でした。
ハイウェイスタンプブックに押すために昨年寄ったときは赤に戻っていたので、新しい赤いスタンプ台を購入するまでの暫定措置だったようです。

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/06/24 (Sun) 23:23:35

風の琴音さん、コメントありがとうございます。

>上石津PA
1月版では残っていたのですね。わざわざ消すのには手間がかかることから、やはりその間に廃止になったのでは?という気がしています。確認が取れればよいのですが……

>東名美合PA上りのスタンプが黒
そのようなこともあるとは驚きです。それはレア物ですね。

Re: Re: 外環東側区間開通に思う ほか - 風の琴音

2018/06/25 (Mon) 21:18:56

上石津PAに関しては、当時の新聞をあたってみるのはどうでしょうか?中日新聞か岐阜新聞なら載っている可能性があります。(中日新聞では甲良PA廃止の時は載った)

時間があれば、地元の図書館のデジタルデータベースで捜してきます。

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/06/29 (Fri) 21:42:46

>当時の新聞

地元の図書館で探してくださるとのこと、ありがとうございます。わたしも機会があればあたってみようと思います。

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - 風の琴音

2018/07/29 (Sun) 18:53:14

上石津PAに関して、中日新聞のデジタルデータベースを探してきましたが、見つかりませんでした。

もしかしたら12月20日ではなく、2月20日に廃止されたのではないのではと思います。
これなら2001年1月発行版のエリアガイドには残ってて、2001年4月発行のエリアガイドでは消されているということとも辻褄が合います。

Re: 外環東側区間開通に思う ほか - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/08/01 (Wed) 22:55:04

>風の琴音さん

探してくださりありがとうございます。
エリアガイドは消し忘れもありそうですが、1~4月の可能性もありますね……

名阪国道のIC番号について - 鳩

2018/06/09 (Sat) 21:51:29

はじめまして。
御サイトや管理人様のTwitterをいつも興味深く拝見しております。

名阪国道のIC番号に関して質問があります。
名阪国道のIC番号は、どの時期に付番されたのでしょうか。

先日、名阪国道50周年のパンフレットPDF
(http://www.cbr.mlit.go.jp/hokusei/jimusyo/pamphlet/brochure/pdf/b151201.pdf)
を眺めていた際、「天理東ICが1970年に新設された」旨の記述がありました。

しかし、名阪国道のIC番号を見ても、天理東ICは枝番にはなっていません
(もっとも、新設時に振り直したのかもしれませんし、
当該パンフレットの記述によれば、天理東ICは「既存のランプを改良してIC化した」ものとも読めるので、元々そのランプにIC番号が振られていたのかもしれませんが...)。

ネット上の検索ではいつ名阪国道にIC番号が付されたのかについての記述はなく、当たり前のものとして書かれているので、気になった次第です。

個人的には、高速道路ではない自動車専用道路であり、東名や「中央高速」よりも開通が古い名阪国道には、(同じく自専道の京葉道路や第三京浜の例にも鑑み)、
当初はIC番号や現在のような緑看板はなく、4車線化辺りのタイミングでIC番号の付番や緑看板の設置が行われたのではないかと推測しているのですが
(そもそも、まだ中央高速の暫定2車線開通すらなされていいない上、道路に関して過渡期かつ牧歌的な時代であった当時、
高速道路でもない単なる自専道にIC番号を付番したり緑看板を設ける必要性が認識されていたのかも疑問です)。

「名阪国道工事誌」などを読めば自己解決できそうですが、古書を当たっても価格が高く手が出せず、いまだ参照できておりません。

もしご存知の方がいらっしゃいましたらお教え願えれば幸いです。

Re: 名阪国道のIC番号について - ナンバリング白紙見直しの会

2018/06/09 (Sat) 22:29:25

あくまでも推定の話ですが、
状況からして多分、平成に改元された頃
ぐらいではないのかなぁ、と思われます。

といいますのは、
名阪国道の東側に当たる東名阪道・伊勢道、
名阪国道の西側に当たる西名阪道の附番が、
丁度その頃で、それまでは空欄だったからです。

Re: 名阪国道のIC番号について - 鳩

2018/06/12 (Tue) 22:25:53

>ナンバリング白紙見直しの会さん

ありがとうございます。
比較的最近のことだったのですね。


名阪国道や第三京浜など、60年代に開通した自動車専用道路の案内標識がどのようなスタイルだったのかも気になるところです。

63年開通の名神高速は当初から現在のスタイルの基礎となるデザインの緑看板だったようですが、
「自動車専用道路は高速自動車国道と同じく緑看板」という現行のルールが同時期の自専道にも適用されていたのかどうかと考えると、何となく違う気がしています。

高速道路と異なり写真資料も少なく、なかなか疑問を解決できずにいるところです。

Re: 名阪国道のIC番号について - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/06/13 (Wed) 01:40:25

コメントありがとうございます。

まず名阪国道の案内標識に関してですが、『名阪国道工事誌』に三重県側の全案内標識が載っていまして、それによると番号は付いていなかったようです。ただ『名阪国道工事誌』から分かるのは開通当初のことのみで、いつ番号が付いたかは不明です。
全通後の名阪国道については基本的事項すら曖昧で、IC番号のような大規模な工事を伴わない事象については私は全く分かっていないというのが実状です……良い資料が出てくれば良いのですが。
案内標識については以前twitterの方で触れています:
https://twitter.com/tt_expwy/status/801916471660056576

また第三京浜の開通時の標識ですが、『高速道路と自動車』1966年1月号の口絵に少しですが載っています(添付写真) 現在の標識からIC番号を抜いた感じですね。
私は所持していない書籍ですが、『第三京浜道路工事報告』にも写真があったと思います。東京都立中央図書館や神奈川県立図書館にあるので、機会があれば読まれてみてはいかがでしょうか。

Re: 名阪国道のIC番号について - 鳩

2018/06/15 (Fri) 22:02:54

>管理人様

ご返信ありがとうございます。

やはりその辺りは不明瞭なのですね。
私はここ最近になって高速道路に興味を持ち始めたのですが、
「大体のことはネットで検索すれば分かる」という認識がいかに甘かったかを思い知らされているところです。

ツイート拝見いたしました。
掲載されている案内標識は三重県側のみなのですね...

1970年に改良(50周年記念パンフレットによると「新設」)された天理東ICの案内標識が1965年当時にどのようになっていたのか(そもそも無かったのか?)は結局謎のままになりそうです。

第三京浜の標識の画像、ありがとうございます!
IC番号以外は現在と変わらないのですね。
そう考えると、公団は当初から自専道についても(広義の)高速道路として認識していたということが伺えるような気がします。

幸い、いずれの図書館もアクセス可能な立地ですので、この夏にでも行くことができればと思います。
ありがとうございました。







Re: 名阪国道のIC番号について - T.T.@「旅の記録」管理人 URL

2018/06/17 (Sun) 17:42:47

>鳩さん

コメントありがとうございます。
ネットでは分からないことも多いですが、ぜひとも高速道路の奥深さに触れていただければと思います。

Re: 名阪国道のIC番号について - ナンバリング白紙見直しの会

2018/06/18 (Mon) 00:28:48

>自動車専用道路は高速自動車国道と同じく緑看板
>という現行のルールが同時期の自専道にも
>適用されていたのかどうか

多分、その辺りはすごく曖昧だったでしょうね。
その第三京浜の当時の標識も、ある意味では、
首都高など都市高速に近かったとも言えますし、
今は勿論、取り換えられていますけれど、
現在の北九州都市高速4号線に該当する、
旧北九州道路・旧北九州直方道路、
また北海道の室蘭新道などでは、供用当初は確か
そういう標識スタイルだった記憶があります。
今でも、国道2号の加古川バイパスなどに、
その名残が残っているようです。

また名阪国道でも、
ストリートビューを見て戴くと分かりますが、
下柘植ICにそういうスタイルの標識が
映っております。(現存するかは不明です。)

ただ首都高の場合、初期の供用当時の写真では、
逆に今の高速自動車国道のスタイルを、
小型にしたようなものが映っていたような、
そんな記憶もあります。
昭和に開通した自動車専用道路では、
そういうタイプで設置された場合もありまして、
例えば旧海南湯浅道路
(現・阪和道海南~有田間)や、
ご指摘の名阪国道、といったところに
設置されていた記憶があります。また、
表示内容は、昭和62年改定以降のものでしたが、
4車線化に伴い標識が更新されるまで、
三陸道の宮城県道路公社管理区間に、
そういうタイプが残っていました。

話は名阪国道に戻りますが、
現在設置されている案内標識の殆どは、
昭和62年標識改定に伴うスタイルですので、
確実に設置はそれ以降です。

それまでは恐らく、
T.T.さんの提示された資料を参考に考えますと、
上野など主要なICのみ出口案内標識があって、
殆どの出口(ランプ?)は、番号はおろか、
IC名(地名)が書かれた標識すらなく、
単に「↖出口」と書かれた
出口行動点の電光標識のみ設置されていた、
に近い状況だったことも、十分考えられます。

あとこの資料からですと、名阪国道には
本線上に出口ランプの方面及び方向標識が
あったケースも見られたようですが、
これは今でも上述の加古川バイパスなどに、
更新はされていますが、名残があります。

Re: 名阪国道のIC番号について

2018/06/18 (Mon) 21:36:24

>ナンバリング白紙見直しの会さん

ありがとうございます。

下柘植ICの標識、ストリートビューで確認いたしましたが、なるほど、あまり目にしないスタイルの標識ですね。

写真資料が少ない情報ですので、実際のご記憶に基づく情報がいただけるのは嬉しい限りです。

>上野など主要なICのみ出口案内標識があって、
>殆どの出口(ランプ?)は、番号はおろか、
>IC名(地名)が書かれた標識すらなく、
>単に「↖出口」と書かれた
>出口行動点の電光標識のみ設置されていた、
>に近い状況だったことも、十分考えられます。


なるほどという気持ちです。
もしそうだったとすれば、当時はカーナビなどありませんし、
地元の利用者は「この辺で降りる」くらいの土地勘で降りていたのでしょうね...。
いかにも牧歌的なものを感じます。

加古川バイパス、今後関西に行く機会があれば実際に走行しつつその名残を確認してみたいところです。

ありがとうございました。


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